OBEN
2021年2月、欧州委員会（EC）は、欧州連合（EU）におけるがん対策の行動計画を定めた「欧州がん撲滅計画」を発表した。また、この計画にはがんの予防や治療への取組みだけではなく、がん患者やサバイバーのQOL（クオリティ・オブ・ライフ）の確保も重要な課題として含まれている。
この計画の中では、金融サービスへのアクセス、中でも生命保険の場合には、がんが長期間寛解していても、がんサバイバーは保障を断られたり、保険料が大幅に上昇したりして、より困難になっていると明示的に言及している。そこでECは、病気を克服した元がん患者が、必要な保険に加入する際に不利にならないように、「忘れられる権利」（RTBF）を導入した。1
欧州のいくつかの国では、すでにこのようなRTBFを導入している。フランスでは2016年に、2020年、2021年にはベルギー、ルクセンブルク、オランダで施行された。2022年初めにはポルトガルが対応する法律を施行し、ルーマニアも2022年9月にそれに続き、イタリアではがんサバイバーの養子縁組の権利も盛り込んだ法律案が上院に提出された。2 図1および図2は、EU各国のRTBF法制の概要を示したものである。
現在、ECの行動計画は、すべてのEU諸国が協力して「がん撲滅計画」を実施するよう求めている。従って、その他の多くの（ヨーロッパの）国々でも、このRTBFを検討し、適時にその実施に取り組むように求められることになると考えられる。
RTBFは、がんの診断後ではなく、再発なく治療が終了して、一定の定められた期間、通常は5年または10年以上経過した後には、保険会社は保険料を計算する際に、そのがんに関連する医療情報を考慮してはならないとしている。
この法律は、必要な基本的保険サービスを利用できるようにすることで、がんサバイバーの生活の質を確保することを目的としている。融資を受ける際に生命保険を確保しなければならないという法的義務はないが、銀行やクレジット会社は、生命保険に加入できる場合にのみ融資を行うのが一般的と考えられる。3,4,5,6
融資を受けるという目的を持った人に対して、必要な金融サービスを提供するため、当初のRTBF法では、特定の種類の生命保険のみをその対象とし、さらに保険金額の上限や年齢層などの制限を設けていた（図1）。
保険の種類、保障額、告知の違い（最終更新日：2022年10月1日）
予後が特に良好で、再発のリスクが低い一部のがんについては、関連医療情報を引受査定で利用可能な期間が短縮される。また、その他の慢性疾患に関する情報は、使用が禁じられるか、または一定の上限が設定された追加保険料のみを許容するとされている。特記すべきはこれらの中には、C型肝炎とHIVが含まれることである。このような個別の条件は、いわゆる参照表 (reference grids)として定義されており、その内容は国や法律によって微妙に異なっている（図2）。
RTBFの適用期間と特別な条件のある疾患（最終更新2022年10月1日）
RTBFを導入しているヨーロッパ諸国では、法律適用に際しての特別な条件を示す参照表 (reference grid)が設定されている。この参照表では、予後が良く、治療終了後短期間で治癒したと考えられるような、重症度の低いがんが含まれる一方、C型肝炎、HIV、白血病など他の慢性疾患について、適用基準や追加保険料等の最大値をも定義している。
ポルトガルの法律では、慢性疾患に対して、健康リスクの悪化や障害の程度の改善に関しては、効率的な治療を2年間継続した後は情報を収集することができないと規定しているにもかかわらず、保険会社が法律を適用する際の指針となる参照表 (reference grid) はまだ存在していない。
ポルトガル保険協会（APS）は、ルクセンブルクやベルギーにならって、悪性度の低いがんやウイルス性C型肝炎に関する提案を作成したが、糖尿病やHIVなどその他の疾患の取扱いについては依然として不明確で、保険申込者と保険会社の双方を混乱させる結果になっている。
この法律の最初の導入当時の適用範囲は、比較的明確で限定的なものだったが、最近ではより広範囲に及んでいる。この法律の適用方法が明確に定義されていないにもかかわらず、ポルトガル版では「2年間の有効かつ継続的な治療」の後の慢性疾患についても、忘れる権利の対象となることが盛り込まれている。
2022年10月1日より、フランスの法律では、HIVに対しては追加保険料の上限を設定するのではなく、必要な基準を満たした場合には追加保険料を付加することなく、完全に忘れなければならない疾患群に含まむようになった。30 本年 (2022年) 初め、フランスでは、疾患に関する情報を忘れなければならない期間が全年齢で最長5年に短縮され、ローンに対する保険金額20万ユーロまでの保険については、引受時の医学的査定が廃止された。31
ベルギー保険協会 Assuraliaは、長期間の病気や障害の場合に、通常の給与と公的社会保障での給付の差額を補填する保険である収入保障保険にRTBFを追加で適用する行動規範を会員会社に義務づけている。32
これらの動きに加えて、さらに多くの国での実施が予想されることから、我々は保険業界に対するこの法律の影響について発信をし、RTBFの実施を計画している国、あるいは現行の法律適用の拡大を計画している国において、政治家、患者団体、保険会社の代表者による対話を通して合意できる規制の形を見出すことを可能にする基盤を作りたいと考えている。
以下では、RTBFによって増加する保険会社側のリスクを推定するために、長期の死亡リスクを中心に、がんリスク全般について概観し、RTBFが保険会社のポートフォリオに与えうる影響について見ていく。
がんの診断を受けた後に生きている人の数（ 有病者数）は、過去30年間増加し続けており、総人口の約5 %に達している国もある。33この傾向は、新規のがん診断の増加（主に人口の高齢化が原因）と、治療法の進歩と早期診断に伴うがん診断後の生存率の向上によってもたらされている。
2020年には、ヨーロッパには約2,000万人のがんサバイバーが存在し、その約3分の1が現役世代であるため、潜在的な保険購買層となっている。34 この増え続ける集団には、現在治療中のがん患者や、がんが消失したように見えているが再発や死亡のリスクがまだ高い寛解状態にある患者と、「治癒」とみなされ一般人口と死亡率が同等である患者が含まれている。35
RTBFでは、すべての種類のがんについて、治療終了後5年または10年後には標準的な保険料での保険引受が義務付けられている。リスクの大きさに応じた保険料調整が不可能になった場合、あるいはそのような調整が特定の保険種類にしか認められない場合、RTBFは、保険会社のポートフォリオにどのような影響を与えることになるだろうか？がん治療終了後10年以上経過したがんサバイバーは、死亡率が一般人口よりも高いというリスクはないのだろうか？
以下では、これらの疑問について、回答を試みたい。まず、がんの生存率に関する医学的な研究を紹介する。
がんと診断された人の余命や生存期間は、診断時の年齢、診断されたがんの種類、がんが診断された時のステージ、受けた治療の種類に左右される。そのため、がんの生存率にはがん患者の中でも大きなばらつきが観察される。
また、がんの種類によって「一般人口と同じ死亡率に達すると予想されるがん患者の割合」である「治癒割合 (cure fraction)」だけではなく、「がんによる超過死亡がない、あるいは無視できるようになるまでに要するがん診断後の年数」と定義される「治癒までの時間 (time-to-cure)」も異なる。36
早期に診断されれば予後がとてもよく、治療終了までの期間が短いがんがいくつかある。例えば、精巣がんや甲状腺がんは、治癒割合がそれぞれ94 %と98 %で、診断後、治癒までの期間が1年未満である。37
今日、このグループのがんは、即、死につながるものではなく、慢性疾患とみなすことができるため、RTBFの医学的事項参照表（medical grid）に定義されているように、より早い段階で「忘れる」ことが正当化され得る。
また、「ホジキンリンパ腫、皮膚黒色腫、子宮頸癌の45歳以下の患者では、発症後10年以内に超過死亡が無視できるほど低下する」というがんのグループも報告されている。38 さらには、大腸がん患者や若年胃がん患者では、「診断から 10 年以内の超過死亡リスクは無視できる」とされている。39
これらのがんは、10年後の死亡率が一般の人と比べて著しく高いということはないと考えられ、治療終了後10年経過していれば「忘れる」ことが正当化され得る。
診断から10年経過しても再発や死亡のリスクがあるがんが存在する。例としては、治癒までの期間が10年以上経過している 肺がん、同様に10年から17年経過している乳がん、18年から20年経過している膀胱がんである 。 40,41
この種のがんは、診断から10年経ってもがんに関連する死亡率が高いため、RTBFの対象となる保険会社にも影響があり得る。
がん治療は、その精度が向上したことにより、生存率が高まり、がんサバイバーへの長期的な影響は小さくなっている。このような好ましい発展にもかかわらず、がん治療は依然として身体に有害であり得るため、がんサバイバーは治療による二次がんや甲状腺の異常、糖尿病、神経系合併症、肝不全、腎臓疾患、心不全などの慢性疾患を発症しやすくなる。42
高齢者（60〜70歳で診断）では、「がん治療の長期的な悪影響は最終的に最小限に抑えることができる」43 が、小児がんサバイバーにはがん治療の長期的な影響が見られる。最近の研究では、25歳以前にがんと診断され、20年間追跡調査された小児および若年成人を対象に、晩期障害が検討された。この研究では、「がんサバイバーは、がんのサブタイプ、経済状況、治療状況、化学療法薬のクラスによって晩期障害の程度が異なる異質性の高い集団である」と結論している。地域社会の対照群と比較すると、生存者は、がんの初発診断や経済状態に関係なく、疾患への罹患リスクが高いことが顕著であった」とされている。44
この年齢層は、10年経過すれば、住宅ローンに付随して生命保険に加入する一般的な年齢に達することになるため、RTBFの影響があることとなる。がん治療の後遺症はRTBFの下でもまだ査定可能だが、もともとのがんについては経過年数から査定では使えない情報となる。これは、RTBFがすでに施行されている国の査定業務における課題となっている。
RTBFは、治療後一定期間を経過したがんについてその種類やステージの違いを区別することはない。すべてのがんを合わせて見たとき、本当の長期的な死亡リスクはどの程度なのだろうか？
「すべてのがん」を合算した生存率や死亡率を評価する最近の研究がいくつか発表されている。45歳から80歳までのがん患者を対象に、診断後28年間追跡調査したイタリアの研究の著者は、「がん患者の長期的な余命は、一般人口の余命に近づくが、達することは稀である」と結論付けている。45
また、60歳で診断されたスウェーデンのがん患者を対象に、診断後17年間追跡調査したところ、がん患者の診断後の死亡率は、全人口と比較して上昇することが明らかになった。診断後5年から10年で全人口の死亡率の水準に近づくが、診断後17年経っても全人口の水準に達しなかったと報告されている。46
がん生存者の長期的な死亡率の上昇は、がんの再発、二次がん、がん治療の後遺症が原因となっている。47,48 さらに、がんの発生に寄与したと思われる生活習慣（喫煙や不健康な食事など）が続くと、長期的に患者の生存率が低下し続ける可能性がある。49,50
しかし、がん関連の超過死亡率は論文では定量化されておらず、RTBFによって保険会社がさらされるリスクを推定するため、米国 U.S. Surveillance, Epidemiology and End Results (SEER) Cancer Registries Program（2000-2018）のデータを分析した。51
すべてのがんを合算した死亡リスクを推定するために、2000年から2018年に診断されたがん患者の死亡率データをSEERデータベースから抽出した。52がん患者の相対死亡率は、がん患者の「粗死亡率」と一般集団の「予定死亡率」の比として算出し、がん患者が経験する超過死亡の指標とした。
統計解析は、ソフトウェア 「R 」と Tukey Test を用いた GLM フレームワークで実施した。有意性の判定は、ボンフェローニ補正による多重比較検定を行った。データ抽出方法および統計解析の詳細が必要な場合には照会いただきたい。
図3では、診断後の年数の経過に応じた年齢群団別の相対死亡率を示した。X軸は、RTBFで適用される診断後の年数であり、治療終了後の年数ではない。仮にがん治療に2年程度かかるとすると、治療終了から5年後、10年後の影響は、RTBFでは診断から7年後、12年後の死亡率で考えることとなる。
対数正規 Y軸；異なる年齢帯の診断後1-18年。相対死亡率は、人口死亡率（破線）に対するがん患者の超過死亡率を示す。
図3のSEERのデータによると、がん患者の相対死亡率は診断後1年目が最も高く、その後急激に低下するものの、一般人口の死亡率よりは高く推移することとなる。55 相対死亡率の低下は診断後1年から5年で最も大きく、診断後5年から18年まで相対死亡率の低下が続く。
診断後18年間の経過をみると、相対死亡率は高齢者に比べて若年層で有意に高い。 30歳未満のがん患者は、50歳から69歳の患者と比較して有意に相対死亡率が高く、30歳から39歳のがん患者は、60歳から69歳の患者と比較して有意に相対死亡率が高いことが示された。
がんと診断されてから10年と15年の間には、診断後の早い時期とは対照的に、異なる年齢層間の相対死亡率の差はかなり小さくなるものの、50～59歳と60～69歳の年齢群団を除いて、すべての年齢群団間で有意な差を認める。小児がんサバイバーでは、治療後5年以内で過去のがん診断が「忘れられる」ため、15～20歳の年齢群団に見られる超過死亡の影響はRTBFでは特に大きくなる。
SEERのデータによると、がんサバイバーの死亡率は、診断から10〜18年後も一般人口と比較して高いことが分かっている。表1の数値は、一般人口と比較して、がん患者の死亡率が何倍になっているかを示している。56
異なる年齢の診断後1～18年。相対死亡率とは、人口死亡率に対するがん患者さんの超過死亡率を示す層。
例えば、30歳から39歳のがん患者の死亡率は、診断から12年後に一般人口の4倍高く、18年経過後も2.7倍も高い。
高年齢層（50〜70歳）は若年層よりも一般人口の死亡率に早く近づく：60〜69歳の患者は診断後8年で死亡率は1.6倍で、診断後14年で1.2倍に減少し、診断後18年までその水準にとどまる。
なお、一般人口の死亡率にはがんによる死亡者も含まれており、がんは米国では45歳以上の男女ともに死因の上位2位に入っている。
ヨーロッパの視点を得るために、アメリカのSEERのデータとドイツのがん登録57から得られた死亡率データを比較したところ、多くの点で一致を確認した。（ここではデータは示さないが、必要な場合には照会をいただきたい）。
RTBFがすでに施行されている国では、その適用は住宅ローンや貸付金の保障に限定されており、さらに、適用終了年齢が設定されていることが多い。このため、現段階でRTBFの恩恵を受けられる人は限られていると言える。
以下では、RTBの適用を住宅ローン・貸付金の保障に限定して対象集団を想定し、考察をしていく。
まず住宅ローンを借りる年代の調査が有用となる。図4は、2013年における、民間世帯で主に収入のある人の年齢群団別、住宅ローン残債のある人の割合である。58なお、データは住宅ローン残債を示しているので、住宅ローンの申込みは何年も前に行われたことになる。
住宅ローン契約者層から推定すると、RTBFの対象となる主な年齢層は概ね25歳から65歳で、35歳から50歳の間にピークがあると考えられる。70歳以降はRTBFが適用されない国が多いので、60歳から70歳まではRTBF施行中であっても開示されることとなる。
結論として、RTBFの対象となる年齢層は、25歳から60歳と想定できる。
そこで、次の質問となる。
この問いに答えるためには、ある年齢でがんと診断された人の数を示す「罹患率」を見る必要がある。図5では、SEERデータ60の「全がん」罹患率を、RTBFに該当する年齢層にグレーで強調して示した。
オリーブの中で強調されているRTBFの該当する年齢層。診断時年齢別（2000年～2018年に診断されたもの
がんの罹患率は年齢とともに上昇し、特に60歳以上では急峻になる。RTBFの対象年齢層（ 60歳未満）では、がんの診断数は全がん症例のわずか16 %にすぎない。
結論として、RTBFは全がん患者の一部にしか影響を及ぼさないと予想される。
以上の結果を、相対死亡率、がん罹患率、年齢上昇に伴うRTBFの影響を受ける人口の変化という3つの側面を組み合わせたモデルを、図6に示した。
若年者（< 25歳）は、がん診断後の相対死亡率が高いが、治療終了から5年経過していれば、標準体での引受も可能になると考えられる。このような若い年齢でがんと診断されることはほとんどないため、保険に加入するようなハイリスクな人たちはむしろ少ないと言うことができる。
高年齢層（> 50歳）では、がん診断後の相対死亡率は若年層に比べて低いが、この層ではがん罹患率が高い。つまり、癌の症例数が多いため、死亡率が比較的低いことが保険会社のポートフォリオに影響を及ぼすことになる。一方でRTBFの影響を受けるのは60歳以下であるため、がん罹患率の上昇とそれに伴う保険会社のリスクへの影響は限定的となる。
現在のがんに関する引受査定は、他の疾病の評価と方法論的に異なることはない。がん患者とがん既往のない被保険者との間の査定上の区別は、世界各国の差別禁止法で求められているように、その違いが正当化できる場合にのみ適用可能である。つまり、その疾患に関連した超過死亡率や超過罹患率といった医学的な証拠が必要であり、リスクのレベルに見合った引受決定を行うために、確立された保険数理上の原則が適用されていなければならない
そのため、がん患者の引受判断には、臨床上、確立された指標が使用される。がんの種類によって、査定判断が常に異なるとも限らない。がんの部位や予後のほか、より細かい査定判断のために、他の指標が考慮されることもある。予後との関連性を示す十分な証拠のある指標としては以下が例として挙げられる。
引受判断は、特定されたリスクを可能な限り正確に反映させる必要があるので、
つまり、現時点の査定では、がんの病歴があったとしても、不当な引受判断がなされることはない。有意な超過死亡がなければがん治療歴があったとしても、治療終了後10年の経過を待たずして標準体料率で引受けられているのである。
一般に治癒率は、一般人口におけるものを指す。このため、一般人口において、死亡率が同等だから、あるいは、生命予後が同等だから、追加保険料が必要はないという議論は必ずしも正しくない。このような議論は、年齢構成による違いや、「標準的な」被保険者の死亡率は、その社会経済的な相違により一般人口と比較して死亡率が低く、一般人口にはいわゆる標準体のリスクと標準体を超えたリスクが含まれているという事実も無視するものと言える。
相応の追加保険料なしに、標準体以上のリスクを引受けることは、加入者全員の保険料が高くなることにつながり、最悪の場合、任意加入の保険の提供が困難になることすら考えられる。有効で適切な価格で提供される任意加入の保険を維持し続けるため、一部の標準体以上のリスクに対する「肯定的差別 (positive discrimination)」は、広く社会一般で認められる限定的な状況、例えば、必要最低限の保障に対してのみ考慮されるべきである。そのため、
これにより、最も重要で基本的な金融サービスへのアクセスを確保しながら、逆選択を防止し、がんサバイバーの問題に取り組むことが可能となる。このようにして得られる経験により、将来、さらにRTBFの拡張を行う際に応用が可能となる。
10年間の完全寛解の後、多くのがんの再発リスクは急激に低下するか、ほぼ一定となるため、EUの一部の国ですでに適用されている10年という設定は合理的であると考えられる。
がんの予後が進歩し、診断後短期間でも「治癒」とみなせるがんが増え、がんサバイバーの超過死亡が無視できるレベルになることから、特に予後良好ながんについては、この期間の短縮は合理的であると考えられる。この特に予後が良好ながんの範囲は、医学的事項参照表（medical reference grid）で定義し、少なくとも2年ごとに見直す必要がある。
RTBF の開始は、治療医が「完全寛解」を証明した時点、すなわち活動中のがんの徴候がなくなった時点にすべきである。これは、例えば、適切な化学療法、放射線療法、免疫療法を行った後に、がんが治癒したことを画像診断で確認した時点ということである。その後、寛解が継続していて、再治療の必要がないことを確認するための検査が行われるが、この間、 RTBFの期間を中断するべきでないことは言うまでもない。
RTBFでの情報開示はどのように行われるのだろうか？過去のがん診断を「忘れる」ことになっているのは、保険申込者と保険会社のどちらなのだろうか？ここで、すでにRTBFが施行されている各国の状況を見てみよう。
これらの市場では、過去のがん診断を保険会社に報告すべきかどうかは、保険申込者の判断に委ねられている。このため、保険会社はRTBFが適用される過去のがん診断に関する情報を得ることができない。
この考え方は、がんと診断されたことの有無にかかわらず、保険申込においては平等な取扱いをするという考え方に基づいている。しかし、がん治療後に長期的にわたり医療が必要な場合には、引続き告知が必要とされており、過去のがん診断（およびその治療法）が不明な場合、引受査定者ががんによる長期的な影響を解釈することが困難な場合がある。
医学的知識を持たない保険申込者が、RTBFで求めている事項を十分に理解するのは難しい可能性がある。保険申込者は、がんの治療が成功した日付と、それから経過した期間を正しく理解している必要があり、一部のがんにおいては、ほかのがんよりも短い期間で「忘れられる」ことがあることも知っている必要がある。保険申込者に責任を負わせることにより、本来がん診断を告知すべき場合に、保険申込者がRTBFを自分に有利に解釈することで、不告知に伴うリスクを負うことになり、最終的には保障が無効になることもあり得る。
ベルギーでは、情報開示は別の方法で行われている。被保険者は全ての情報の告知を行い、この情報を「忘れる」べきであるかどうかは保険会社が判断することになっている。
上述の通り、顧客と保険会社の両方の観点から、がんに関する告知は許容され続けることが望ましいと考えられる。保険会社は、医療情報が関連性のあるものかどうか、開示された情報がRTBFに該当し、個人のリスクレベルを決定する際に無視しなければならないものかどうかを評価する上で、最も適した立場にある。それにより以下のような法的確実性も確保可能である。
被保険者がRTBFの条件を満たすがんを開示しない権利を有する場合、告知義務違反から保険契約者と保険会社を守るために、RTBFの枠組みを詳細に説明した文書を申込時に交付しなければならない。
慢性疾患は「忘れる」ことができないので、RTBFのコンセプトにはうまく当てはまらない。したがって、これらの疾患に同じ原則を適用しないことが望ましい。しかし、がんのように治る可能性があって、長期的なリスクの上昇を伴う可能性がある疾患についても、平等の観点から、長期的に評価する必要があるのではないだろうか。引受査定の手法には違いはないので、このような評価をしなければがん患者は他の慢性疾患の患者と比較して明らかに有利になってしまうことになる。
保険業界では、引受査定基準は医学の進歩や統計的なエビデンスを取り入れて、進化し続けている。被保険者一人一人のリスクの水準に見合った適正な保険料で、できるだけ多くの人の保険を引受けることは、保険業界にとっても利益につながる。この点では既存の法律にも十分な規制力があると言える。
保険業界は、引受査定の実施方法や、保険会社間でのリスク許容範囲の違い、様々な販売チャネル間での引受査定の手法の違いと、その違いもたらす結果の相違について、もっと説明をしていくべきである。保険契約者と保険会社の双方にとってリスクの多い規制で右往左往するよりも、保険業界の行動規範を設定して、顧客に十分に情報を提供する方が好ましい結果をもたらすかもしれない。
